1987年初めには、国道沿いの好立地に店舗を借りることが決定。
人材にY氏とド坪氏も決定し、店名はASPNo2とした。
この店はビデオレンタル専業店とした。
ASPNo1はとにかく改造した。
まず、店の奥の三坪の畳の部屋をとっぱらってカウンターを設置。
次に、押入れもすべてとりはらいバックヤードをあつらえた。
床の間には、頑丈な鉄製ラックをあつらえ、そのなかにアンプ、ビデオ
モニター、空気清浄機等に鎮座してもらった。
大家さんもあまりの変わりように感動していた。


この店は,二階に大家さん一家が住んでいたので、夜は
ビデオ屋にしては早い22時閉店だった。にもかかわらず
売上はどんどん伸びていった。
しかし、すぐ手狭になったので入口側も改造した。
これで店舗面積は、約10坪となった。





この頃は、社員四人にアルバイト四〜五人体制で面白い盛りだった。
売り上げも順調に伸び、みな楽しんでいた。
しかし、驚異の10坪店ASPNo1をこえるのには3年かかるのである。
営業時間も2時間長いというのにである。
それほど一号店はすごかった。
しかし、まあ、そんな相乗効果がよく効いたのだろう、三号店を出すのには、一年しかかからなかった。
初めから二号店の計画はあったのだが、それが電器屋なのか、ビデオ屋なのか
はたまた、別のなにか、なのかはわからなかったが、84年の初めにビデオレンタルに
照準を絞り切るとおのずと次も見えてきた。
