APIASANGYO    アピア産業     ヒストリー

1982年(昭和57年)3月・・・・家電製品のカタログ販売を自宅で始める。  S氏このとき23才。
 もともと少年時代から、商売を志していたS氏は、はじめはラーメン屋をめざしていたという。
ところがどっこい、いちばんの苦手としていた電器屋をやるはめとなってしまったのだから不思議だ。
その理由として当時、「ビデオという言葉に妙にひかれたからだよ」と言っていたが、
実際にはS氏は内なる声に従っただけで、 その声は、
 「ひとつの産業の始まりから終わりまですべてを体験できる、これが後々値千金となる。」
といったようなことを告げていた。 

*** アピア産業 年表 ***

 1982年3月      愛媛県今治市で、アピア産業、産声をあげる。                             
 7月  松下電器の販社 愛媛ナショナルと取引開始。  
  11月   自宅車庫を改装して店をオープンさせる。広さは三坪だった。  写真を見る
1983年8月  今治市末広町にビデオ&コンピュータASPをオープンさせる。
日本ビクターと取引開始。多数のビデオメーカーと契約。
正規レンタル店としてスタートする。
借り店舗で、全部で10坪、店舗は6坪だった。家賃は月5万。
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1984年1月  ホラーのK、入社。というより転がり込んだというのが正しい。
まだまだ売上的にはきびしかったので時給は100円だったらしい。
 
1985〜87年  この頃からビデオレンタルの売上が伸び始めた。
これにともない店舗は,改装に次ぐ改装、そして改造につぐ改造で
遂に店舗面積は10坪となった。
 
1987年1月  ロリータのY氏、勤めていた会社が廃業。転がり込む。
同じころ、正式なスカウトでド坪も入社。
 
    3月       今治市南高下町に、ビデオレンタルASPNo.2をオープンさせる。
マンション一階の15坪で家賃は月11万。 
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   2号店裏側に、事務所(プレハブ)設置。  
 1988年4月  今治市近見町にビデオレンタルASPNo.3をオープンさせる。
25坪で11万のち12万5千円。 
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 6月  Dr腸炎「ここで雇ってくれないとあとは死ぬだけ」と泣いて入社。  
 12月  ホスト西「一生ついていきます」と言って入社。  
1989年5月   有限会社アピア産業設立。  
6月  そのまんま桑田「スッ」を合言葉に入社。  
7月 本部事務所を開設、プレハブ事務所から移転。  
 8月  ピンクパワービデオ略してP.P.V.オープンへ全社員一丸となって邁進。 次ページへ 





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